2002W杯特集 【出場国紹介 グループE】 by ICHILAU

    ●ドイツ

    ●サウジアラビア

    ●アイルランド

    ●カメルーン



     ●ドイツ


     史上2位タイの優勝3回、史上最多の決勝6回の強豪ドイツは、現在すっかり力が落ちたと言われている。前回から懸念され続けていた代表チームの高齢化が、今回も改善されていないのだ。

     ドイツ一部リーグ、ブンデスリーガは、イングランド・プレミアリーグ、イタリア・セリエA、スペイン・リーガエスパニョーラと並んで、世界最高峰に位置するリーグである。そして、四大リーグ各国の常として、リーグのレベルが高いため、自国の若手選手の訓練の場が減っている。これが現在、ドイツに若手の有望選手が少ない原因と言われている。

     

     そこで私がこんな話をすると、読者の皆さんは、まるで日本のプロ野球で、育成に手を抜いていると思われている、某Gみたいに、ドイツのクラブは、若手の発掘や育成をおろそかにしている、と思われるかもしれない。

     しかしドイツのクラブは、他の3大リーグのビッククラブのように、大金で大物選手を獲得する事は少ない(注釈:サッカー選手の移籍は選手とお金の交換がほとんどで、選手同士の交換は珍しい。4大リーグ少数のビッククラブを除いては、選手を売ったお金で経営されている。“○○、移籍金50億円で移籍”などという話をお聞きした事のある方は多いと思うが、これはクラブからクラブに支払われる金額であって、選手には一切入らない)。

     ドイツのクラブは素晴らしい育成ノウハウを持っている。そしてご丁寧にも他国の選手を育成して、他の代表を強化している。ハーグリーブス(イングランド)、クフォー(ガーナ)、ルシオ(ブラジル)、エメルソン(ブラジル)、サニョル

    (フランス)など、ドイツのクラブで年少の時から育成されたり、若くしてドイツのクラブに移籍した後、評価を高めた選手は多い。中でもガーナのDFクフォー、ガーナ出身のフランス代表DFデサイーと、ドイツのクラブとの関係が、ドイツの現状を表している。旧宗主国フランスに渡ったデサイーがフランスに横取りされたのに対し、ドイツに渡ったクフォーは、ガーナ代表に還元された。これは文化の違いや法律の違いによるものだが、これが、フランス代表とドイツ代表とで現在の実力差がついてしまった、大きな原因だと私は思う。

     ドイツは移民に容易に国籍を与えないので、ドイツ生まれドイツ育ちの選手が、複数国の代表に、入っている。トルコ系ドイツ人MFショルは、珍しくドイツ代表になったケースだが、クロアチア代表とトルコ代表に、はドイツ生まれドイツ育ちの選手が入っている。クラブの方はといえば、馬鹿馬鹿しい純血主義など取らず、有望な選手に帰化を勧めることはあるが、手続きに手間が掛かると同時に、文化的な背景からか、移民の子孫がドイツ国籍を取るのを躊躇っているようだ。

     

     昨年のW杯予選では、ホームのイングランド戦を1−5で落として窮地に陥ったが、ハイレベルのリーグを有する国の特権を生かし、好調だったバイヤー・レバークーゼンから多数召集して、代表として練習不足でも、コンビネーションの良いチームを作って、ギリギリ乗り切った。ただ本大会では、各国に準備期間があるため、こういったハンディは存在しないし、また本グループに、ドイツを脅かす決定的な力を持ったチームも、存在しない。従って、1位での予選リーグ突破が有力だ。そして順当に行けば、トーナメント初戦で、しぶとさでは人後に落ちないパラグアイと対戦する。世界最高のGKオリバー・カーンと、世界一有名なGKチラベルトの対戦は、本当に楽しみだ。

     拮抗した試合に絶大な力を発揮する“ゲルマン魂”は、最短で敗退したユーロ2000(欧州選手権)で1度地に落ちたが、近年レベルの上がったブンデスリーガとその影響で、ドイツのクラブの出場の増えた欧州国際カップで発揮され、ドイツ代表選手は国際カップで活躍している。果たしてドイツ代表でも、その活躍を再現できるか。

     

     しかし繰り返すようだが、“外国人抜き”のドイツが“多国籍軍”フランスのレベルに達するのは、不可能のように私には思われる。

     ドイツの素晴らしいサッカーを見たければ、ブンデスリーガを見るべきである。



     ●サウジアラビア


     四大リーグ各国以外で、代表チームの国内リーグの選手が占める比率が最も高い国である。世界的に見れば、サウジアラビアリーグのレベルは高いとは言い難いのだが、大金持ちの王族がチームを所有しているためにチームは裕福なので、それが同国選手の欧州進出を阻んでいると同時に、同国選手のレベルアップを阻んでいるきらいがある。

     アジアのクラブ国際カップでこそ、サウジアラビアのクラブは実績を残しているが、それがサッカーの世界シーンでどれほど重要かは、疑問だ。

     

     ところで話は8年前に戻るが、94年のアメリカW杯で、サウジアラビアはまさかの快進撃を見せた。FWオワイラン、の長い距離を持ち込んで決めたゴールは、この大会のベストゴールと言われている。

     しかし、2002年現在に至っても、そのゴールを現代表を語る際に言わなければならないところを見ると、サウジアラビア代表は、94年W杯の遺産を食いつぶしているに過ぎないようである。

     アジアサッカーシーンを共にリードする日本、韓国、イランといった各国の選手が欧州進出を果たし、日本に至っては世界的にも珍しい南米進出まで果たして、それぞれ代表チームを強化しているにもかかわらず、サウジアラビアは、この潮流から取り残されているのである。

     従って私としては、サウジアラビアはグループリーグ敗退が当然、と言わざるを得ない。



     ●アイルランド


     アイルランドは、ボスマン採決の良い影響を最も劇的に受けた国である。

     もともとこのサッカーという競技は、アメリカや日本を除き、ほとんどの国でfootball(フットボール)と呼ばれているわけだが、この、サッカーが国技でない小国アイルランドでも、なぜかアメリカや日本と同様、サッカーと呼ばれており、そしてそのことが、私には、この国でのサッカーという競技の占める地位を示しているように思えて、ならない。

     そこで、この国で人気の競技はというと、ホッケーの一種であるハーリング、ラグビー誕生に影響を及ぼしたと言われるサッカーとハーリングの合いの子のような競技・ゲーリックフットボールで、国民のサッカーに対する関心は、それほど高くはない。そのため、アイルランド国内には欧州国際カップで活躍するようなサッカーの名門クラブは皆無で、才能のある選手は外国に出るしか成功の道はない。従って、外国人枠があった時代と比べると、現代の方がアイルランド人サッカー選手が飛躍するチャンスが大きいのは、言うまでもないことである。

     

     現在のアイルランド代表は、主に、隣国イギリスのイングランド・プレミアリーグならびにスコットランドリーグに所属する選手たちによって、構成されている。つまり、イギリスの2大リーグのメンバーによって、占められているのである。

     ちなみにイギリスは、FIFA創設以前からイングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの4つの地域それぞれに、別々のサッカー協会があったため、それぞれの地域が1国としての扱いを受けており、またそれぞれの地域に、独自のリーグがある。そして、代表の実績でもクラブの実績でも、イングランドとスコットランドのプロリーグの方が残り2つに比べ、遙かに格上の存在である。

     そして、ボスマン判決以前は1部の1流選手だけしかイングランドに行けなかったのであるが、制限のなくなった現在は、中堅レベルの選手でも、同国のレベルの高いリーグに参加することができるので、そういった中堅レベルの選手が経験を積み、成長すると、その選手はもはや中堅レベルと言えなくなる。つまり現在、アイルランド代表は、イギリスによって育てられているのだといえよう。

     具体的にはボランチのロイ・キーン、FWのロビー・キーン、左サイドバックのイアン・ハート選手が、プレミアリーグでも一流選手としての評価を受け、欧州国際カップでも活躍している。ただ、そのために、国内で代表選手を見る機会がなくなってしまうため、現在でもアイルランドのサッカー人気は、高いとは言えないままとなっている。

     たとえば、私は3月にアイルランドの試合を見る機会があったが、観客は大勢入っていたものの、ファンのゲームへの反応を見ていると、サッカーにはあまり理解がないように見えた。ただ、勝った事もあって楽しそうだったし、サッカーへ理解がありすぎるファンの危険な反応よりも、ずっと好感が持てたということだけは、言える。

     ちなみに人口やサッカー人気で上の日本よりも、代表や個々の選手の成功は、アイルランドの方が遙かに上回っているので、アイルランドの成功は、日本にも見習う点があるかも知れない、と私は考えている。

     

     ワールドカップ予選では、プレミアリーグ仕込みのハードワークとチームワークで支えられた守備によって勝ち上がり、カウンターで世界最強のオランダ代表を見事にねじ伏せ、日本行きの切符を手にした。

     正直ワールドカップにはオランダに出て欲しかったが、ポルトガル、オランダが同居したW杯欧州予選最激戦区を無敗で乗り切ったアイルランド代表を軽視する訳には行かないだろう、と私は考えている。

     そして本大会では、カメルーンがグループリーグ突破における、最大のライバルになるだろう。高い身体能力とビックタイトル(シドニー五輪金メダル、アフリカ選手権二連覇)を持つアフリカの雄カメルーンと、筋金入りの欧州サッカーを体現する無冠のアイルランドの対戦は、非常に興味深い試合だ。まあ私としては、カメルーンよりもこのアイルランドの方が、有利だと考えてはいるのだが。



     ●カメルーン


     前回のワールドカップの時点で、当時Jリーグガンバ大阪所属のFW、パトリック・エムボマが生国カメルーンの代表に入り、長年暮らしていて国籍も持つフランスの代表にならなかったことは、お互いに取って不幸なことだった。

     当時カメルーン代表には使えるボランチが皆無に等しく、唯一使えるボランチが故障のためにリタイアして、カメルーン代表からボランチが消えてしまったので、カメルーン代表は、ボランチの代わりに控えのFWを入れ、エースストライカーのエムボマを、ボランチに入れたのである。

     だが、この窮地を打開すべく取られた対策は、苦渋の決断だったに違いない。エムボマは戦術に理解が深かった為、カメルーン代表で唯一ボランチが出来る選手だったそうだが、戦力ダウンは避けられず、結果カメルーン代表は、グループリーグで敗退した。国内リーグが未発達なのがボランチ0の原因だろうが、現代のワールドカップに出る国の代表チームで、ポジションの絶滅が起きてしまうのは、私としては、非常な驚きだ。

     

     一方、結局98年W杯で優勝を果たしたフランス代表は、最後の最後までFWの決定力不足に苦しんだ。グループリーグではゴールがあったが、トーナメントに入ってからは、苦戦した。ジダンを出場停止で欠いたトーナメント初戦は、パラグアイに苦戦し、延長の末1−0で勝ち、準々決勝のイタリア戦は0−0から、PK戦で辛くも突破し、準決勝ではサイドバックのテュラムがまさかの2得点決勝ではロナウドを半ば失ったブラジル相手に、ジダンが意外にもヘディングで2得点を上げ、何とか優勝を果たしたが、当時は名前の売れていなかったアンリを筆頭に、FWの活躍は皆無だった。

     それからしばらくして、フランス代表のビエラやデサイーの生い立ち(共にアフリカ出身。詳しくはフランスの稿を参照)を知った私は、エムボマにもフランス代表入りの資格があったことに気づき、当時のフランス代表にエムボマが入っていたら大変な戦力アップだっただろうに、フランスは勿体ないことをした、と思ったものである。

     大柄ながら駿足で、パワーもあり、左利きでは珍しく両足から強烈なシュートが打てるエムボマは、正に当時のフランス代表が欲し続けていた、大物FWだった。エムボマが遅咲きだったこともあり、フランスサッカー協会が見落としてしまったのかもしれないが、決勝トーナメントでのフランス代表の戦いぶりを見ると、エムボマという名の大きな魚を逃したつけを払うことになってもおかしくはない展開だった、と私は考えている。ただ結果的には、フランスは同ワールドカップで優勝し、一方、2年後のシドニーオリンピックでエムボマは、本人が言うところの「カール・ルイスと同じ」メダルを獲得したので、お互いに、幸せだったと言えるだろう。

     

     カメルーン代表は欧州のクラブチームの所属選手がほとんどで、カメルーン代表が欧州選手権に参加しても、召集の問題はないと言える。エムボマの他にはFWエトー、右サイドのジェレミ、左サイドのウォメ、DFのソングなど、欧州の一戦級の選手が揃った。

     しかし代表を司るサッカー協会は当然カメルーン国内にあって、これが選手と協会の価値観の不一致を生み、選手と協会が度々衝突する原因となっている。アフリカの強豪国のサッカー文化は、残念ながらまだ低く、これらの国々のサッカー協会が、欧州の一流選手を扱うに見合うだけの能力を備えている、とは言えないところがこれらの国々の大きなアキレス腱で、このことがあるために、アフリカ勢は欧州、南米の牙城を崩せないでいるのである。

     ただ、ほぼ同様の問題が起きているナイジェリアでは、選手のムードが悪くなってしまい、チームにも悪影響が出ているが、選手が結束を保てているのが、このカメルーン代表の救いである。

     

     欧州ならびに南米の牙城を崩すというアフリカ勢の悲願達成に向け、アイルランド、ドイツは格好の訓練の場となるだろう。共にかなりの難敵だが、この正反対のタイプの強豪相手に勝ち残れるのならば、トーナメントでの戦いぶりが楽しみになる。


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