2002W杯特集 【出場国紹介 グループF】 by ICHILAU

    ●アルゼンチン

    ●ナイジェリア

    ●イングランド

    ●スウェーデン



     ●アルゼンチン


     前回のフランスW杯で優勝を飾ったディフェンディングチャンピオンのフランスは、それからの4年間でチーム力を上げたのにもかかわらず、今回のW杯の優勝筆頭候補とは見られていない。
     それは、今回のW杯予選中最難関の予選において終始圧倒的な力を発揮し続け、ダントツでその突破を果たしたこのアルゼンチンが、これを凌駕するほどの存在感を顕しているからである。したがって、今回のW杯で優勝の呼び声が一番高いのは、このアルゼンチンである。

     アルゼンチン代表は、欧州各国のリーグでプレーする能力の高い選手を多数抱えているだけでなく、その個性の強い選手それぞれに最も適任と言えるポジションに就き、素晴らしい攻撃力と統制を備えたチームとなった。
     また南米予選を通じて、一部の選手に依存する事なく、欧州から小まめに分けて召集し、ローテーションを円滑に機能させ、常に一定以上の実力を保った。そしてその中で、代表レギュラークラスでは唯一の国内リーグ所属選手であり、連続召集の見込めるアリエル・オルテガをチームの中心に据えるなど、マルセロ・ビエルサ監督とアルゼンチンサッカー協会のマネージメント能力は、極めて高いと言えるだろう。

    2002年W杯・アルゼンチン代表フォーメイション予想

     このフォーメーションでの注目点は、オルテガが彼本来のポジションであるトップ下(上記の図ではベロンの位置)ではなく、右ウィングに入っている点である。
     オルテガは大変な才能を持ったMFだが、その長所でもあるドリブルが短所にもなり、ボールを持ちすぎてチームの機能を乱したり、危険な位置で相手にボールを奪われたりしてしまうことが多いので、彼の能力を高く評価するビエルサ監督は、彼の資質を活かすために、より相手ゴールに近いポジションを用意した。この位置なら、彼の苦手とする守備をしなくても問題ない上に、ボールを持ちすぎた時の弊害も少ない。
     そして、右ウィングに入ったこのオルテガと、駿足の左ウィング、クラウディオ・ロペス共々、この2人で構成されるアルゼンチンのサイドアタックは、相手チームにとって、大変な脅威となっている。
     また、左サイドMFのキリ・ゴンザレスは左ウィングもこなせるし、右サイドMFサネッティもドリブルを駆使したサイドアタックができるので、センターFWに近い資質を持つロペスやもともと中央のMFのオルテガが中央に切れ込んでも、攻撃に偏りが出ることはない。
     さらに、得点力の高い選手に囲まれている専門の”点取り屋”としてのセンターFWのポジションは、1人の選手さえいれば充分で、このポジションは、2001年セリエA得点王のクレスポが担っている。

     それから、現代サッカーでは珍しく、守備的MF・ボランチはシメオネ一人の攻撃的構成だが、それが可能なのは、中盤を構成する他の3人、ベロン、キリ・ゴンザレス、サネッティが皆、ボランチもこなせ、柔軟な対応ができるからだ。特に、最近、イングランドの名門マンチェスター・ユナイテッドに移籍したベロンは、MFの中でも、オフェンス能力に限ればリバウドやフィーゴには及ばないが、総合的に見れば、世界屈指のMFの1人だ。司令塔としての長短のパスやロングシュートだけではなく、全体のバランスを取って、チームとしての機能を生み出すために動き回り、マンチェスター・ユナイテッドでは、ボランチに近い位置で活躍している。
     また、相手に攻勢をかけられたときに、キリ・ゴンザレスやサネッティが中央に入り、シメオネを助ける必要があっても、クラウディオ・ロペス、オルテガがいるので、サイドの攻撃力が減退することはなく、ベロンがボランチに下がれば、オルテガが本来のポジションに入って、司令塔になれる。
     このようにいまのアルゼンチンは、ボランチから前線まで、複数のポジションを高いレベルでこなせる選手が揃っていて、彼らがみごとに機能しており、更には、攻撃の各ポジションにも、チームとしての威力が損なわれないだけの代えの選手が用意されていた。センターFWは、クレスポの控えにベテランのバティストゥータがいて、左ウィングはクラウディオ・ロペスの控えにリーガ・エスパニョーラ、セルタ・デ・ヴィーゴのハイパワーオフェンスを支えるグスタボ・ロペスがおり、ベロンが故障した時は、アイマールとガジャルドの若い2人が重責を担った。
     したがって、出場国最強の攻撃陣にスキはないといえるだろう。

     チーム唯一の弱点は、3バックのディフェンスラインだ。ここだけはベストメンバーと控えでは、力に差がある。アルゼンチンのデフェンススタイルは荒っぽく、警告累積の出場停止を覚悟する必要があるので、大会中破綻してしまうこともありうる。
     しかし、絶大な攻撃力を持ったアルゼンチン相手に、守備の弱点を露呈させる程激しく攻め立てる度胸と攻撃力を持った国はブラジルかオランダ位だろうから、この弱点がアルゼンチンを苦しめるケースは少ないだろう。

     それとビエルサ監督は、代表より所属クラブの試合を優先したロマン・リケルメや、クレスポの控えに不平を鳴らしたバティストゥータを円満に代表に復帰させたり、ブラジルのクラブに所属するDFソリンを見落とさず召集したりと、迷走を続けるライバル、ブラジルを尻目に、素晴らしい仕事をしている。

     前述のとおり国内リーグ所属の選手は少数だが、アルゼンチン代表を語る上で、国内リーグの存在は大きい。アルゼンチンリーグは世界で最もラフなリーグであると同時に、守備の反則が取られないことでも有名だ。攻撃選手は激しく当たられても、倒れて痛がって見せたところで意味がないと分かっているから、当たりに強くなり、また痛めつけられる前に判断を下すことが出来るようになる。
     パス、ドリブル、シュート、いずれであれ短い時間で判断して、流れるような攻撃を見せる。したがって、アルゼンチンが世界一ハイレベルなリーグと言われるイタリアセリエAに有力選手を大挙送り込んでいることは、国内リーグを見れば納得できるだろう。

     最激戦組、グループFにあっても、アルゼンチンの存在は傑出している。優勝候補最右翼のアルゼンチンの最有力の対抗馬としては、ライバルのブラジルがあるが、そのためにはブラジルが、アルゼンチン並みのチーム作りをする必要がある。
     しかしそれが現実的でない以上、アルゼンチンに匹敵する国があるとしたら、強力なディフェンスを誇るイタリアと、機械のような組織を誇るフランスくらいだろう。従って、極めて高い能力の上に築かれた大胆な攻撃サッカーを体現するアルゼンチンが、史上最強のチャンピオンとして語り継がれることになっても不思議ではない、と私は思う。



     ●ナイジェリア


     フランスに占領されたことのないナイジェリアは、“アフリカ最強国フランス”に有望な選手を“徴収”される心配はない。代表選手全員が欧州でプレーしているだけでなく、ほとんどの選手が若くから欧州で育成されているナイジェリアを”欧州の強豪国”と呼ぶことは、当たらずも遠からずといったところがある。
     これで、もしも代表チームを統括するサッカー協会が欧州にあるか、そうでなくても、欧州の感覚を持った人物がナイジェリア代表を管理していたら、全てが上手くいくのだが・・・

     ナイジェリアサッカーを苦しめ続けているのは、代表選手と協会の価値観の不一致や、金銭問題である。カメルーンの稿でも述べたことだが、アフリカの強豪国のサッカー文化は、残念ながらまだ低く、これらの国々のサッカー協会が、欧州の一流選手を扱うに見合うだけの能力を備えている、とは言えないところがこれらの国々の大きなアキレス腱となっているのである。
     アフリカ勢がサッカー界で本格的に台頭してきたのは、90年代に入ってからのことだ。したがって、年輩の人が要職に就くこれらの国々のサッカー協会の感覚は不遇時代のそれであり、欧州の一流クラブで主力選手を務める現代表選手とは、大きく異なる。またそれに加えて、民族同士の価値観の違いが、事態をさらに複雑にしており、結果、大会期間中に協会の愚かな態度によって、選手を決定的に怒らせる不祥事が出てきてしまうのだ。つまり、アフリカの強豪国のこういった例外に洩れず、現状のナイジェリアサッカー協会には、欧州の一流選手を管理するだけの能力はないのである。しかし現行の制度が続く限りは、この事態を改善する見込みはないだろう。

     ところで、よく欧州は『組織のサッカー』、南米は『個人技のサッカー』と言われているが、私の見解は違う。
     欧州は『高度な戦術による組織』、南米は『高い技術が可能にする連携』、そして(ブラック)アフリカこそ、『高い身体能力を前面に押し出した個人重視』のサッカー、というのが私の考えだ。私は“黒人はスポーツに向いている”と言う偏見に与するつもりはないが、ナイジェリアのサッカー選手の身体能力が高いのは、事実である。アメリカならフットボール、日本なら野球、ニュージーランドならラグビー、英国なら陸上競技に進むであろうレベルのアスリートがナイジェリアではサッカー選手をやっているのだから、ナイジェリアのサッカー選手が身体能力が高いのは当然だと言える。
     私の見解では、ナイジェリアのサッカー選手は、テクニックでは南米の高い技術には及ばないものの、多少のボールコントロールのミスを挽回するだけの俊敏さと、身体の頑強さを備えている。選手個人個人は欧州で高度な戦術に触れているものの、代表チームでは現在の段階で体現出来ていないので、個人重視のサッカーになるのは仕方がないが、調子が良いと素晴らしい連携を見せるだけに、歯がゆいところだ。

     ナイジェリアは、前回フランス大会に続いて、今回のワールドカップでも、最も厳しい組に入った。
     ナイジェリアは高慢ともとれる自信を備えていて、前回はデンマークに足元を掬われたが、今回は逆に、アルゼンチンやイングランド、又グループリーグを突破したらトーナメント初戦で実現する可能性の高いフランス戦、と続く強豪との対戦で、これがむしろ、チームの結束を高める格好の材料となるだろう、というのが私の読みである。選手に、サッカ−に専念できる環境を与えることに成功すれば、かなり良い所まで行けそうだ。



     ●イングランド


     サッカーの母国イングランドは、前回のW杯の後、苦しんでいた。
     イタリア、スペイン、ドイツと並んで、世界最高レベルの国内リーグを有するイングランドは、代表選手の大半が、その国内トップリーグ、プレミアリーグの選手で占められているわけだが、ボスマン判決(ブラジルの稿参照)と放映権料の高騰の影響で優秀な外国人選手が大量に流入し、その劇的なレベル向上によって、逆に自国選手の活躍の場が奪われ、代表選手の強化が妨げられるという状況に陥っている。
     また、プレミアリーグのトップクラブは、スペインのリーガ・エスパニョーラやドイツのブンデスリーガのそれらと同様、イングランド代表を上回る実力を持っており、たとえばマンチェスター・ユナイテッド、アーセナル、リヴァプールといった一流クラブが、代表チームを後目に、毎年欧州国際カップで活躍している。

     イングランド代表は、ユーロ2000(欧州選手権)ではグループリーグで敗退し、W杯予選では組最下位に沈んだので、もはや母国凋落か、と思われたが、イギリスサッカー協会はこの窮地に立たされたことで、自らの保守的な体質を打破すべく、イタリアで成功したスウェーデン人、エリクソンを、イングランド史上初の外国人監督として招聘した。
     そして、このエリクソンが代表監督に就任したことで、イングランド代表は大きく変わったのである。
     まず彼は、高レベルの国内リーグを有するイングランドの事情を最大限利用した。具体的には、強豪クラブから近いポジションの選手をまとめて代表に召集し、結束の強いチームを創り上げ、連携の面で、他国の代表との差をつけたのである。これは、過密日程に悩む現代サッカーにあって、クラブのシーズンの合間を縫って断続的に行われるW杯予選では、国の代表チームの練習時間は短くならざるを得ないので、当然代表チームの戦術的なレベルが低くなる、ということを計算に入れたやり方で、もともとクラブで一緒にプレーしている選手が、代表でも共にプレーできることから、連携の面で他国代表に差をつけることを狙ったものである。このような、プレミアリーグの存在を最大限利用したエリクソン監督のやり方は、実に見事なものだ。
     W杯本大会では、然るべき準備期間が各国に用意されているので、イングランドにこのアドバンテージは存在しないが、現在のイングランド代表はプレミアリーグの若いスターで占められており、プレミアオールスターズとも言うべき魅力的なチームになっている。

     前回のW杯で、若干18才でヒーローになった若い駿足FWマイケル・オーウェンは、その後故障に苦しんだが、2001年に復活して、W杯予選の天王山となった敵地でのドイツ戦で3得点をあげ、チームをW杯に導いた。
     またオーウェンとは逆に、右サイドのMFデビット・ベッカムは、前回W杯でアルゼンチンのディエゴ・シメオネに一杯食わされたことで、審判の目の前でシメオネを蹴って退場処分を喰らい、代表の敗退のA級戦犯になってしまったが、クラブでの活躍は素晴らしく、翌シーズンには所属するマンチェスター・ユナイテッドの世界制覇に大きく貢献した。
     そして代表チームでも、“シメオネ事件”の影響からかクラブでほどの活躍こそできないでいたが、エリクソン監督が彼を主将に抜擢してチームリーダーにすえたと同時に、戦術上の自由を与えたことで、その就任後は素晴らしい活躍を見せた。元々、右サイドからのキックは世界一の精度と言われていたが、いまはそのプレー範囲を広げることで、さらに相手の脅威となっている。
     今年四月には骨折をしてW杯出場が危ぶまれたが、エリクソン監督は、万全ではなくとも彼をメンバーに加えることを明言した。そして、その後の情報によれば、ベッカムは順調に回復しているそうで、W杯でもその雄姿を見ることができそうだ。他の有力選手も若手が多く、またプレミアリーグ及び欧州国際カップで経験を積んでいる。

     ただ、先が楽しみなチームではあるが、今大会では多くを望めない。この若いチームで、ベッカムが万全でないままアルゼンチンと戦うのは、苦しい。また、たとえナイジェリアを振り切り2位で決勝トーナメントに進出しても、初戦で待っているのは、グループAを1位で通過するであろうフランスだ。この関門を越えれば優勝も現実的になるが、それは難しい、と私は考えている。



     ●スウェーデン


     スウェーデンは、今大会の出場国の中で最も過小評価されている国だろう。アルゼンチン、イングランド、ナイジェリアと3大陸を代表する国と同居してしまった事で、昨年の組分け抽選会の日に予選落ちが確定してしまった感もあるが、スウェーデンの実力は侮りがたい。

     過去2度のW杯においてアルゼンチン、イングランド、ナイジェリア、スウェーデンの中で最も良い成績は、94年アメリカ大会でのスウェーデンの3位である。そして現在のスウェーデン代表は94年より強い。
     94年大会の翌年、ボスマン採決によって、スウェーデン人選手は欧州のリーグの外国人枠から除外され、地理的に近い英国のイングランドやスコットランドに流入した。その結果、スウェーデン人選手がレベルの高いサッカーに日常的に触れることになり、スウェーデン代表の実力が底上げされたのである。
     ちなみに、同じスカンジナビアのノルウェー、フィンランドも今回はW杯出場は逃したものの、スウェーデンと似たようなプロセスで選手の実力が上がり、世界的クラブで活躍する選手を輩出するようになってきた。

     スウェーデン、ノルウェー、フィンランドに加え、アイルランドも同様と言えるが、サッカーが国技ではなく、人気が高い訳でもなく、国内リーグに強豪クラブが存在しないこういった国々から、世界的な選手が、世界のサッカーシーンに輩出されている。
     逆に東南アジアや中東、アフリカのサッカー後進国の中には、サッカーが国技で、大変な人気を誇り、国内競技人国も多く、選手強化に力を入れている国は多数あるが、それらの国から世界最高峰の欧州クラブサッカーシーンで活躍する選手は、皆無だ。したがってこのことは、レベルの高いサッカーに触れることの重要性を示しているのではあるまいか。
     私は、国のサッカーを強化したいと考えのなら、選手育成システムとかクラブの健全なあり方といった理念よりも、いかに円滑に、有望な選手を、レベルの高いサッカーに触れさせるかが重要だと思う。スウェーデンの場合、大柄な体格という長所を持った選手が多いこと、地理的に最高峰のリーグを有するイングランドに近かったこと、欧州のクラブ関係者がスウェーデン代表の試合を見る機会が多いこと、スウェーデン国内リーグの人気が低いために欧州のクラブが安い値段でスウェーデン人選手を獲得出来たこと等が、成功の要因だろう。

     ご承知のとおり、本大会初戦で対戦するイングランドのエリクソン監督は、他ならぬスウェーデン人である。そして、イングランド代表選手の視察にエリクソン監督が訪れたプレミアリーグの試合で、スウェーデン人選手が活躍する、といった皮肉なことも起きた。本大会の初戦でも、その再現が起きてしまうかも知れない。
     しかし、スウェーデンをグループリーグ突破候補と考えている人は少ない。正直に言えば、私もそうだ。
     ただ、これだけは言えるだろう。
     もしスウェーデンがグループリーグを突破したら、その時点で優勝候補と考えて良いということだ。


現連載

過去の連載

リンク