2002W杯特集 【出場国紹介 グループH】 by ICHILAU

    ●日本

    ●ベルギー

    ●ロシア

    ●チュニジア



     ●日本


     開催国故に、日本はグループリーグのシード国となった。強豪国がなってしかるべきシード国に日本がなったことで、グループHには強豪不在となってしまったが、お陰で、プロサッカーリーグができてから10年経っていない島国、また長年“大衆に最も知られたサッカー選手”は漫画の主人公だった、という国に、千載一遇のチャンスが来た。
     日本について今さら私が書くことはないかもしれないが、これだけは言える。客観的に見て、日本にグループリーグ突破のチャンスは、充分にある。

     5月17日、日本代表の23人が発表されたが、私はこれは大体順当な人選だと思う。
     私個人としては、パラグアイで活躍した右サイドのMF「広山」が外れたのが残念だ。テクニック、決定力、経験などで「広山」に匹敵する日本人は、「中田(英)」以外にいないと言うのが私の判断だ。日本代表の戦略では、右サイドは守備が重視されるので、攻撃型の「広山」が日本代表に向いていないことは分かっていたが、昨年の英国での試合で、ぬかるんだグラウンドをものともせずナイジェリアDFを手玉に取ったシーンは忘れられない。
     今年五月に入って、日本代表はレアルマドリード(の2軍)やノルウェー相手にグラウンドコンディション不良の中で連敗した。W杯本番も雨が多い時期に行われるだけに、「広山」のような選手が貴重だと思う。ただ、「広山」は今年に入って所属チームを決められず、実戦を離れていたので、代表落ちはやむを得ないところか。

     選出が現実的だった選手の中で、代表落ちを疑問に思うのは「広山」と同じ右サイドのMFで、「広山」とは逆に守備の強い「波戸」だ。日本代表は以下のようなフォーメイションを使うが、

    2002年W杯予選・日本代表フォーメーション

     この中で、両サイドのMF(上記の中では小野、市川)には、どちらか片方に、ディフェンスラインに下がってのプレーが要求される。つまり、実質上のサイドバックとしてのプレーが要求される訳だ。従って、まことしやかに言われた、「小野」を右サイドで起用することにして、左サイド「中村」中央「中田(英)」右サイド「小野」という布陣は、不可能である。
     左サイドの選手が攻撃に力を注ぐためには、右サイドの守備は不可欠だ。そして右サイドを守りながら、攻撃にも参加できる選手といえば、本来サイドバックの「波戸」である。
     「波戸」の日本代表でのプレーは、守備をしながらタイミング良くサイドを駆け上がり、クロスボールで相手ゴールを脅かすサイドバックそのものであり、しかも彼はチームの中でしっかり機能している様に見えたが、何故か「波戸」は外れてしまった。
     ボランチとして選出された3人、「稲本」「戸田」「福西」以外にボランチをこなせる選手は5人も選出されているので、ボランチを一人減らしてでも、右サイドのスペシャリスト「波戸」を入れて欲しかった。
     現状で右サイドでの起用が予想される、「市川」「明神」は共に違うタイプの選手であり、「波戸」のようなサイドバック的なプレーは期待できない。「小野」「三都主」等が左サイドで攻めあぐねている時は、日本の攻撃を陰で支えていた「波戸」の名前を是非思い出してほしい。

     残りの22人に関しては現状では、妥当な選出と言える。DFは良い組織が出来ており、MFにはマルチプレーヤーが揃って多彩な構成が出来る。
     懸念されているFWも、大きな問題はないと考えている。
     W杯で惨敗した4年前に世間で聞かれた『日本に良いFWがいないのは、日本文化が原因』と言う絶望的な理論が、また最近になって聞こえてきたが、これは私に言わせれば、全くのナンセンスである。私がこの説に与しない根拠は簡単で、『日本人のFWで外国の一流リーグに移籍したり、移籍の誘いが来た選手の数は、日本人のDFのそれを大きく上回っている』からである。

     今大会の展望を簡単に述べる。
     対戦相手について詳しくは後で書くが、まずベルギー戦は、相手のペースにはまり、日本が過度に攻撃的になる展開にならなければ、そう簡単には失点しないだろう。
     ロシア戦は、日本の普通の試合が出来れば勝てると思う(詳細はロシアの稿を参照)
      チュニジアは日本より格下なので、日本が負ければ番狂わせと言える。

     1位でのグループリーグ突破も不可能ではない。ただ1位で突破したら、トーナメント初戦で対戦するグループCの2位に、もたつきが伝えられているブラジルがなった場合、ブラジルと対戦する羽目になる。グループCの動向から目が離せない。



     ●ベルギー


     日本の初戦の相手ベルギーは、欧州の“中の中”と言った所だ。6大会連続11回のW杯出場は、今大会の出場国の中でも上位に入る実績だが、本大会の成績となると、86年メキシコ大会での4位が最高で、それ以後目立った実績を残していない。
     94年大会では、“アジアサッカー史上に残る快進撃”を見せたサウジアラビアと同グループに入り、98年大会では、韓国と引き分けることで、ほぼ手中にしたグループリーグ突破を逃すなど、過去にも、アジアとの縁は浅からず、ある。
     またついでに言えば、ベルギー史上最も有名なサッカー選手は、ジャン・マルク・ボスマンだ。あの“ボスマン採決”のボスマン選手である。

     隣国オランダと共催したユーロ2000(欧州選手権)で、ベルギーは開催国として、史上初めてグループリーグ敗退の憂き目を見たが、W杯予選では建て直しに成功、プレーオフで格上と思われたチェコを手堅く振り切り、見事6大会連続のW杯出場を決めた。

     ベルギーは国際色の強い国家で、列車の車内放送が8カ国語でされるなど、異文化が混在している。
     しかし、ベルギー代表のチームカラーは、国家のイメージとは異なっている。代表選手達も使う言語は色々だが、チームとしては、守備とロングパスを土台に手堅い試合運びをする、結束の堅い組織となっている。ベルギーに端を発する『ボスマン採決』以降は、ベルギーと国境を接する4カ国の中でも、代表チームのタイプも似てるドイツのクラブに移籍するベルギー人選手が、多い。
     ブンデスリーガや国際カップで、あか抜けた活躍をする選手は少ないが、ベルギー代表のスタイルには欠かせない当たりの強さや、精神的なタフさを学ぶには、ブンデスリーガは絶好の場であり、代表チームも、ミニドイツといった雰囲気である。
     ただ、オランダ、チェコ、ギリシャなど、華麗な攻撃を見せる国がW杯出場を逃して、ポーランド、ベルギーなど、ブンデスリーガの中堅選手を配する国がW杯出場を果たしたという事実は、無視出来ないだろう。

     奇しくも日本と同様に、代表の主力選手が大会直前に病気になり、更に、怪我人も複数あり、戦力がダウンしてしまった。だがグループ自体のレベルが低いだけに、ベルギーにも決勝トーナメント進出の見込みは、ある。
     ベルギーは、ロングパスを使って中盤を省略することの多いチームで、プレスと呼ばれる中盤での厳しい守備を信条とする日本は、戦い易い相手だ。但し、私が見たギリシャとの試合では、対戦相手の速く短いパス回しに圧倒されていたので、そのギリシャと同型のロシアは、厳しい相手と言える。したがって、日本に敗れたら、その時点で、ベルギーにとっての“大会”は終わってしまう。



     ●ロシア


     旧ソ連時代からの強豪であり、独立後2度目の出場となるロシアは、日本の強敵と目されている。

     旧ソ連時代、ソ連は多くのスポーツで極めて組織的に、長期的スパンで選手を育成して、オリンピックで活躍してきた。いかにも“堅い”というのが旧ソ連のスポーツ界に対する大体のイメージだ。
     しかし現在のロシアのサッカーは、“堅い”とは正反対のプレースタイルである。ロシア代表を見ていると、世界で最も奔放で、あか抜けたサッカーをする、南米コロンビアを思い出す。

     ロシア代表の選手達が試合で最優先するのは、パスを繋ぐ事であり、それは自陣ゴール前でも敵陣ゴール前でも、変わらない。ゴール前の危険な場面でも、パスを通せると判断したら、パスを繋ぐ。敵陣でシュートのチャンスが来ても、更にチャンスを拡げよう、と難しいパスを出す。巧妙な試合運びとは言えないものの、見ていて面白い。
     また、ロシア代表はワンタッチパス(来た球を直接パスする)が多いので、良い時は、流れるような展開を見せる。

     ロシア代表は、4月にパリで、ベストメンバーに近いフランス相手に引き分けたことで評価を上げ、日本人を不安にさせたが、私の判断では、日本にも勝つチャンスは、ある。
     たとえば、私が3月に観たロシア対アイルランド戦は、W杯の日本対ロシアの試合を予想する上で、参考になる。試合開始直後はアイルランドの中盤のプレスに手こずって、攻撃が機能せず、その間、20分までに2点取られ、アイルランドが疲れてプレスが甘くなった20分以降は試合終了まで試合を支配し続け、パスを回し続け、攻め続けたが、結局1点も取れなかった。したがって、日本がロシアに勝つための鍵を握っているのも、プレスだろう。プレスを掛けられれば、ベテランが多くスピードに欠けるロシアに試合を支配されることは、ないと思われる。しかし、プレスができなければ、ロシアに試合を完全に支配されるだろう。
     それとプレスは体力消耗が激しいので、1試合を通じて実行するのは難しく、前半でリードすることが日本にとっては重要である。

     W杯では最も恵まれたグループに入ったこともあり、ロシアの決勝トーナメント進出は有望だ。しかし、決勝トーナメント初戦で対戦が予想される相手、ブラジル、コスタリカ、トルコは、いずれもロシアと同タイプの短いパスを多用するチームであり、スピードに欠けるロシアにとっては、苦しい相手だ。従って私は、ロシアはベスト16止まりと考えている。



     ●チュニジア


     2大会連続の出場となるチュニジアだが、評判は芳しくない。今年のアフリカ選手権では全く良いところなく敗退して、その後の国際試合でも結果を残せず、フランス人の名監督、アンリ・ミシェルは、辞めてしまった。チュニジアがW杯に出場できたのは、アフリカ予選でグル−プに恵まれたからだ、というのが私の正直な感想である。

     現在のチュニジアサッカー界が抱えている問題は、クラブサッカーの人気が高いためにクラブが裕福になり、クラブが有力選手に良い待遇を与えるため、選手達がチュニジアサッカー界のブルジョアになってしまっていることである。つまり、国内のスターとしての地位に満足して、レベルの高い欧州への進出が少なくなっているということなのだ。
     また、弱いためか代表チームの国内での人気は低く、有力クラブの対戦では盛況となるスタジアムも、チュニジア代表の試合ではガラガラである。

     チュニジア代表選手に、「人気クラブのトッププレーヤーとしての地位を捨て、全くの異文化の中の、それも自分の地位が保証されていないクラブに、減給してまで行け」と言うのはいささか無理があるが、世界の強豪国のほぼ全てが、代表チームの大半を、欧州のクラブ所属選手中心の構成にしていることを考えると、チュニジアサッカーが世界から遅れてしまうのを止めることは、現状では難しいようだ。

     ただ、チュニジアサッカーにも、光明はある。それは、チュニジアが、欧州に地理的に近い点である。紛れもないアフリカの国で、“W杯で勝利を納めたアフリカで最初の国”でもあるチュニジアが、今からトルコのように、サッカー界の“欧州”に組み込まれるのは不可能であろうが、メキシコのクラブが南米の大会に参加するように、チュニジアの人気クラブが欧州のクラブ国際カップに参加するのは可能だ、と私は思う。ローマのクラブなら、マンチェスターに遠征するよりチュニス(チュニジアの首都)に遠征する方が遙かに近いので、欧州のクラブに新たな負担を掛けることにはならないからだ。
     また、以前トルコの稿で触れたことだが、モスレムの国の選手は、個々では異文化の欧州のクラブでのプレーを苦手にしているが、チーム全体で遠征すると、素晴らしい結束を見せることから、個人での欧州のクラブへの参加は難しくとも、クラブ単位で欧州のサッカーに触れることには、大いに意味があるだろう。無論アフリカにもクラブ国際カップはあるが、ご承知のとおり、アフリカの強豪国の多くは欧州の選手で代表を結成しており、アフリカクラブサッカーシーンのレベルは低い。従って、人気の高いチュニジアの有力クラブが、レベルの高い欧州クラブサッカーシーンに加われば、チュニジアサッカー界の発展に繋がると思うのだが。

     しかし、今大会に関してはあまり望みはない。余程の幸運がない限りは、グループリーグ敗退だろう。


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