引き分けについて特集

    (1) 『勝率制でいいのか?〜プロ野球の順位について〜』 Epoxy Proxy

    (2) にっぽん野球の「引き分け」考 九時星

    (3)「引き分けと勝利至上主義と勝敗の美学」 B_wind



     (1) 『勝率制でいいのか?〜プロ野球の順位について〜』 Epoxy Proxy


     昨年(2001年)セ・リーグが採用し大変不評だった「勝利数優先制」のことは記憶に新しいと思います。
     結局たった一年で「勝率制」に戻されましたが、元々「勝率制」に欠点があったから「勝利数優先制」が考案されたのに、「勝率制」に戻してしまって良かったんでしょうか?
     そもそも「勝率」って何でしょうか?

     引き分け試合が無い場合、勝率は「勝利数÷試合数」で計算します。シーズン途中では各チームの消化試合数は一致しないので、試合数で割って比較をするのです。しかし、引き分け試合がある場合はこれを計算から除外します。つまり「勝利数÷(試合数−引き分け数)で計算されます。その結果どういうことになるでしょうか?

     1988年、パ・リーグでは近鉄バファローズが最終戦で引き分け、惜しくも優勝を逃しました。そのときの最終成績がこちらです。

     1位 西武ライオンズ  73勝 51敗 6分 勝率.5887
     2位 近鉄バファローズ 74勝 52敗 4分 勝率.5873

     確かに、勝率を計算して比較すれば西武がわずか1分4厘上回っています。しかし、優劣というものはもっと感覚的な方法によって理解されなければ納得はできないと思います。
     近鉄は西武より1試合多く勝っています。にも関わらずなぜ西武の方が上なのか?
     勝敗だけを見れば「敗戦数が一つ少ないから」と結論付けざるを得ません。勝利数が一つ多いチームより敗戦数が一つ少ないチームの方が上にランクされるということは、

    「勝率制」は「勝つことよりも負けないことを重視する制度」

     ということになります。
     その結果、「勝てなかったけど負けもしなかった試合」すなわち「引き分け試合」の価値が高くなります。

    「引き分けの価値」は次のように計算できます。前述のように、勝率計算の分母は本来「試合数」です。引き分け一つをX勝とすると勝率は

    「(勝利数+引き分け数×X)÷試合数」

     と表せます。これが

    「勝利数÷(試合数−引き分け数)」

     に等しいとすると

    (勝利数+引き分け数×X)÷試合数 = 勝利数÷(試合数−引き分け数)
    (勝利数+引き分け数×X)×(試合数−引き分け数) = 勝利数×試合数
    試合数×X−引き分け数×X−勝利数 = 0
    X = 勝利数÷(試合数−引き分け数)


     つまり、引き分け一つは「勝率」勝分に相当するということになり、勝率が5割を超す上位チームにとっては、引き分けは0.5勝以上の価値ということになります。これが前述のような納得のいかない順位付けに反映されたのです。
     しかし、「勝利数優先制」を提案した人達はここまで考えていなかったと思います。単純に「なぜ勝利数が多いチームが優勝出来ないのか」と考えたのでしょう。勝つことのみを評価することは「負けないこと」を全く評価しないということで、引き分けの価値を「0」とすることです。これはあんまりではないでしょうか。

     こうした反対意見を受け、勝率一位チームとのプレーオフ制が導入されたわけですが、その後の運用があまりにもマズかった。まず、セ・リーグは「途中経過の順位も勝利数で決定」することにしました。前述のように、シーズン途中の各チームの消化試合数が一致しない場合は、これを考慮しないと比較できません。このことに対する非難が多く聞かれました。

     少し話がズレますが、全てのチームがほぼ同じようなペース(2,3試合くらいの誤差)で試合を消化していけば、勝利数で順位を付けても大して問題にはならなかったと思います。「消化試合数が一致しなくなるような日程を組んだこと」と「消化試合数を考慮しないで順位を決めたこと」の両方がいけなかった訳ですから、前者に対する批判も同じくらいあっても良かったのでは無いでしょうか?

     さらに、各マスコミは「ゲーム差の表示」を無くしてしまいました。実は勝利数順でもゲーム差は計算できます。ゲーム差とは、2チームの「貯金」(勝利数と敗戦数の差、マイナスのときは「借金」と呼ばれる)の差を2で割ったものです。勝利数で順位を付ける場合、引き分けは負けと同じですから、引き分け数を敗戦数に加算してゲーム差を算出すれば良かったのです。例えば、昨年のオールスター戦前の順位表はこうなります。

    G 90試合 47勝 41敗 2分 差
    S 80試合 46勝 31敗 3分 -4.0
    D 84試合 38勝 44敗 2分 6.0
    T 84試合 38勝 46敗 0分 6.0
    B 81試合 37勝 42敗 2分 5.5
    C 79試合 36勝 38敗 5分 5.5

     マイナスのゲーム差というのはちょっと馴染まないかもしれませんが、このようにすればヤクルトが巨人より断然有利であることや、横浜や広島の方が中日、阪神より首位に近いことがすぐ判ったはずです。

     このような運用のマズさによって「勝利数優先制」は悪評を被ったわけですが、「引き分けの価値を0.5勝以下で固定した」という点では「勝率制」よりもマシな制度だったと私は思います。「引き分け」は「勝ち」でも「負け」でもないのだから丁度真ん中の「0.5勝0.5敗」と見積もるのが妥当ではないでしょうか?こうすれば「勝つこと」と「負けないこと」を同等に評価する事ができます。

     以前、日本プロ野球でも引き分けを「0.5勝0.5敗」として勝率を計算していた時期がありました。これを止めてしまった理由は私はよく知りませんが、「計算が複雑だから」とか、「同じ引き分け試合で勝率が上がる場合と下がる場合があって不公平だから」というのを聞いたことがあります。私は「同じ引き分け試合で価値が高い場合と低い場合がある」ことの方が不公平だと思いますが。

     ではどうすればいいのか?私は、いわゆる「貯金・借金」で順位を付けるのが最良の方法だろうと思っています。「貯金・借金」では記録用語っぽく無いので「勝敗差」と呼んでいます。
     勝つと「+1」、負けると「-1」、引き分けると「0」なので、引き分けの価値は勝利と敗戦の丁度中間になり、最終順位は「引き分け0.5勝0.5敗制」のものと一致します。引き分けた場合は双方「0」なので不公平感もありません。計算も簡単です。
     さらに、この順位はこれまでにも用いられている「ゲーム差」の順位に完全に一致するので、「勝率」の順位とはそれほど懸け離れたものにはならず、多くの人に馴染みやすいと思います。



     (2) にっぽん野球の「引き分け」考 九時星


     野球が日本に入ってきた当時は、現在とはずいぶんルールが違っており、圧倒的に打者有利、「打つ」スポーツだったのです。ですから明治初期のスコアでは20点、30点という得点も珍しくありません。このように得点が容易になっていくと、同点でゲームを終えることは非常に稀になります。やがて、学生チームの対抗戦、ついで中等学校野球大会、選抜大会、都市対抗などのトーナメント戦が盛んになります。これらはすべて勝つことが目的ですから、何らかの形で必ず勝者と敗者に分ける必要が出てきます。

     ところが勝つこと以外に興行収入を得るという目的を持った「プロ野球」が始まります。ここでは「引き分け」でも興行収入を得るという目的を果たせることになります。しかし「引き分け」は興行サイドにとって現実的な選択肢ですが、対抗戦やトーナメント戦に馴染んだファンの意向に沿っていたかは疑問があります。実際に昭和11年に始まる職業野球リーグには「引き分け」が存在していましたが、学生野球に人気で大きく離されていました。戦時色が濃くなった昭和17年には「試合に引き分けがあるのはおかしい、勝負がつくまでやれ」という要望が軍部から出され(野口二郎著「私の昭和激動の日々」より)この年、延長28回という記録が生まれています。

     それでは現在のプロ野球で行なわれている勝率制のもとで引き分けはどのように扱われているのでしょうか。例えば開幕から3連敗したチームがあったとします。このチームが次に引き分けると3敗1分で依然勝率0です。つまり引き分けは負けと同じことになります。ところがこのチームがその後3連勝したとします。3勝3敗1分で勝率は5割となります。それでは当初負けと同じだった引き分けが0.5勝になったのでしょうか。そうではなく、引き分けた試合は存在しなかったと考えるのが自然です。我々は順位確定上全く価値のない試合に入場料を払っていることになります。

     野球よりも引き分けの発生率の高いサッカーでは勝ち点制をとっています。これは引き分け試合にも価値を持たせる考え方です。去年セ・リーグで行なわれた勝ち数制は「引き分けは負けである」と認定することにより、勝率制における「引き分け」の矛盾を解決することができたのですが、さすがにそこまで踏み込めず、勝率制と併用せざるを得なくなった結果、更なる矛盾を抱え込んで1年限りとなってしまいました。

     勝率制のもとで「引き分け」に価値がないということは、例えば80勝60敗、勝率.571のチームと70勝50敗20分、勝率.583のチームのどちらが上位か考える時に、140試合消化したチームと120試合しか消化していないチームを比較していることになります。条件の違うチームを比較することに無理があるのは当然です。順位に影響する試合数を同じにすることでしか解決出来ないでしょう。引き分けを0.5勝として確定してしまう「擬似勝ち点制」と「引き分け再試合制」がこの問題を解決する手段として考えられます。ともに過去行なわれた実績がありますが、日本での野球の歴史を考えると「引き分け再試合制」のほうが「勝敗を明らかにする」というファン気質に受け入れられるのではないか、と思います。



     (3)「引き分けと勝利至上主義と勝敗の美学」 B_wind


     イギリス生まれの代表的スポーツ,サッカー,ラグビー,ホッケーには引き分けという制度があります。これに対しアメリカ生まれのベースボール,バスケットボール,バレーボール,アメリカンフットボールには引き分けがありません。イギリス生まれのスポーツに引き分けという制度があったのは,イギリスのスポーツが上流階級の社交の場として生まれた経緯から,勝敗よりもフェアに堂々と全力でプレーすることを重視していたからと思われます。これに対しアメリカのスポーツには引き分けがなく試合を延長してでも決着をつけようとします。これはアメリカの社会が競争社会で,スポーツにおいても勝利至上主義が求められたからといえます。これに対し我が国では,相手のミスにつけ込んだ勝利は良しとせず,下品な勝負,奥ゆかしさのない勝負を避けようという「勝敗の美学」が存在することがあげられます。「勝敗の美学」が存在する中での争いは「美的で淡泊」になりやすくなります。(以上参考文献 「スポーツの風土」中村敏雄著,大修館書店)

     ルール上も勝利至上主義をとるベースボールが,我が国で引き分けが存在するのはこの「勝敗の美学」観によるものではないでしょうか。ここまでに両者頑張ってきたわけだから引き分けでもいいではないかという「美的で淡泊」な勝敗観によるもののように思われます。

     ところで,ベースボールおける勝率1位というリーグ戦の勝者を決めるルールは1884年ナショナル・リーグが採用し,19世紀末に既に確立したものです。引き分けがないわけですから勝率1位の球団が最多勝利者なのは当然です。勝率は,リーグ戦での順位争いを分かりやすくファンに明示するために考えられたものと思われます。引き分けがないから勝率1位=最多勝=優勝者なのですが,引き分けが存在するNPBでは,勝率1位が必ずしも最多勝とはなりません。引き分けのないベースボールに引き分け制度持ち込んだこと,そしてそれにも拘わらず,大リーグと同じようにリーグ戦の順位に勝率制を採用したことにNPBの順位制度の矛盾が内在しているといえます。

     話は変わりますが,Jリーグ発足時,サッカーの引き分け制が日本に受け入れられにくいということでサドンデス延長戦,PK戦による勝敗の決着をJリーグは採用しました。ここでスポーツの母国文化との逆転現象がベースボールとサッカーで起きてしまいました。本来引き分けの存在を前提としているイギリス生まれのサッカーでは,引き分け制度を否定され,引き分けのないはずのアメリカ生まれのベースボールでは引き分けが存在するというスポーツ文化を否定した行動がとられました。Jリーグの引き分け否定と「勝敗の美学」観との間に矛盾がないか,ですが,サッカーは,得点が少なく引き分けが多かったこと,延長戦もないことも多く,「勝敗の美学」を損ねるということで矛盾はなかったのだと思います。

     最後に,アメリカのスポーツが勝利至上主義といいましたが,アメリカ生まれのスポーツの中でも最もアメリカ的といえるベースボールとアメリカンフットボールは,勝利至上主義だからこそ,プロセスを細分化することにより結果である勝利のためのプロセスを明示化したスポーツになったのだと私は考えます。


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