ICHILAUのスポーツ博物学 by ICHILAU

    第16回 プロのピッチャーの球を体感しよう 〜その4〜

    第17回 プロのピッチャーの球を体感しよう 〜その5〜

    第18回 プロのピッチャーの球を体感しよう 〜その6〜

    第19回 2003シーズンのMLB記録諸々 〜その1〜

    第20回 2003シーズンのMLB記録諸々 〜その2〜



     第16回 プロのピッチャーの球を体感しよう 〜その4〜


     【浮き上がる球】

     すでに“浮き上がる球”が現実的に不可能である事は、先々月号の中で話しましたが、私が本を読み、また試合を見みた中では、何度か“浮き上がる球”に遭遇しました。

    (1) トム・ボズウェル著のコラム集の中で、オリオールズでサイヤング賞を受賞したマイク・フラナガンが浮き上がる球を紹介していました。投げ方は次の通りです。
     鋭い物でボールに3本傷を着けます。
     フラナガンの解説によると、投げた時傷が右に来る様に握ると左に曲がり、左に来る様に握ると右に曲がるとか。
     それをサイドスローで投げれば、“浮き上がる球”も可能だそうです。
     どうも怪しい話ですが、興味のある方は実験して見て下さい

    [注意] 試合で実行する場合はそれ相応の覚悟を決めて下さい。アメリカ野球において確実に存在して、何人かの投手を殿堂入りさせた違反投球を懐かしむ声もありますが、反則なのは事実ですから、ばれたら処分を受ける可能性もあります。

    (2) 前述のロジャー・エンジェルのコラム集の中で、殿堂入り投手のトム・シーヴァーが、自らのピッチングについて詳しく語っている記事を読みましたが、その中で、自身の投球フォームのポイントの1つとして、左脚を上げた後、体重移動をしながら、左の肩を引き下げる事を上げていました。その理由は、左の肩を引き下げる事で、自然に右肩が上がり、同時に腕も上がり、ボールに掛けた指が、投げる瞬間にボールの真上に来て、ボールにより強い回転を掛ける事が出きるので、速球をより真っ直ぐ投げられる、と解説していました。
     これを読んだ後、自分でもやってみたものの、やはりプロが実行している所を見たいと思いながら、なかなか見られませんでした。
     ところが、巨人の岡島投手が正にそれだったのです。
     彼は左投げですが、投げる前に右肩を引き下げるフォームで投げ、彼が速球を投げると、打者はたびたびバックネットを越えるファールを打っていました。私の推測では、岡島投手の速球には、他の投手の投げる同じ速度の速球よりも強い“バックスピン”が掛かっていて、高い軌道を維持するのです。打者にとっては、予想以上に高い球が来るので、浮き上がって感じるでしょう。
     優れた投手は、緩急の差を巧みに利用して、打者をそのような状況に追い込みますが、岡島投手と対戦する打者は、速球に照準を合わせていても、この心境に襲われると思います。

    (3) ペドロ・マルティネスは浮く球を投げると言われています。
     私が見たのは、2001年に、故障する以前に、投げていた90マイル(144km/h)前後の“ハードチェンジアップ”で、打者の前で浮き上がる様に見えて最後に落ち、しかしストライクゾーンには入っている、と言う手の付けられない球でした。
     私はマルティネスの投球を見る度に、浮くはずの無い球が浮いて見えるのが不思議でした。

     またマルティネスの投球には不思議な点がもう1つあり、彼のリリースの位置は明らかにサイドスローに近いにもかかわらず、彼の投球フォームもフォロースルーもオーバースローに見えてしまう、ということです。
     ここから書くことは私の推測ですですので、皆さんもよろしければ、それぞれ検証してみて下さい。

     私はマルティネスの投球を真横から撮ったスロー映像を見たとき、ヒントを得られたと思いました。私の目を奪ったのは、マルティネスが驚異的な柔軟さと強靭さによって、極めてコンパクトなオーバースローを実現させている事です。私にはどうにも真似できないフォームで、彼は顔と同じ程度の高さから“バックスピン”の掛かった速球を、投げているのです。
     前記の通り、普通の投手がマルティネスのリリースポイントから自然に投げれば、ボールの回転軸は傾き、シュートします。私が見た限り、あの高さのリリースポイントから“バックスピン”速球を投げられるのは、マルティネスだけでした。マルティネスは、他の投手より水平に近い軌道の球を投げるのです。浮いて見えるのも当然です。
     尚、マルティネスの真似をする場合、怪我には充分御注意ください。

     次回は、変化球の話をしたいと思います。



     第17回 プロのピッチャーの球を体感しよう 〜その5〜


     みなさんこんにちは、ICHILAUです。
     不順な天気が続いていますが、如何お過ごしでしょうか。

     さて今回は変化球のお話です。
     今回は中型のビーチボールをご用意頂けると幸いです。
     空気をパンパンに入れず、片手で掴める程度の空気圧が丁度良いでしょう。

    【カーヴ】

     最古の変化球であり最もポピュラーな変化球でもあるカーヴは、間違いなくボールに加えられた回転で変化していますが、現代のカーヴの役割は、緩急を生かすチェンジアップのそれに近いものとなっています。
     カーヴは、ボールの進行方向に対して垂直な回転軸でボールが回転するので、浮力が働かず、自然と速球よりも早く失速しますから、この特徴が回転によって生み出される変化と同時に作用して、曲がりながら落ちるボールになっているわけです。

     投手がカーヴするボールを投げるのは簡単ですが、球種として「カーヴ」と呼べる域に達したボールを会得するのは難しいため、現代ではカーヴを決め球とする投手は、少なくなっています。
     しかし、ビーチボールを使えば、ヤンキースのデヴィット・ウェルズばりのカーヴを投げるのも簡単です。硬球でカーヴを投げるようにビーチボールに回転をかければ良いわけですが、その際、強い回転をかけすぎると、独楽の様にその場で回ってしまうのでご注意下さい。

    【スライダー】

     今シーズンからヤンキースで松井選手とチームメートになった「ムース」ことマイク・ムッシーナは、「ナックルカーヴ」と呼ばれる球種を持ち球にしています。
     この「ナックルカーヴ」はナックルボールを投げる時のように、指を曲げ爪の部分をボールに当てて投げる球種ですが、その変化自体は立派な名前とは裏腹に、普通のカーヴと変わらない、と言われています。つまり「ナックルカーヴ」はカーヴの投げ方の1つと言えるのですが、何故スライダーの項に「ナックルカーヴ」が登場するかと言うと、ビーチボールを「ナックルカーヴ」の様に人差し指を折った握りで投げると、正にスライダーといえる変化をするからです。これに挑戦する場合は人差し指だけを折ってボールを掴み、オーバースローで自然にリリースすれば良いわけです。

     さて、スライダーには大きく分けて「縦のスライダー」と「横のスライダー」の2種類があります。
     保守的な野球人の中には、「横のスライダー」だけをスライダーとみなしている人もいますが、アメリカではかなり以前から「横のスライダー」を「チェックリストスライダー(手首を固定したスライダー)」と呼んでいます。
     この球種はリリースの直前に腕を急激にひねるため、変化は鋭いものの、腕にかかる負担が大きいため、若い投手への指導を避けている球団もあります。

     この「チェックリストスライダー」の反対語は「ルースリストスライダー(手首を固定しないスライダー)」ですが、こちらの球は腕を緩やかにひねるため、劇的な変化は望めないものの、腕には優しいので、長く投げ続けることができます。現代の投手が投げるスライダーのほとんどがこの球種とみて良いでしょう。

     元々カーヴと速球の中間的な球種であるスライダーは、比較的速い部類の変化球でしたが、現在では、上記のような理由と同時に、スライダーと類似点の多いカットファーストボールが単なる癖ではなく、スライダーと速球の間に位置する1つの球種として認知された事で、スライダーの役割はよりカーヴに近い「ブレーキングボール」なってきたと言えると思います。

    【ナックルボール】

     この、ビーチボールで変化球を再現する実験に関する記事シリーズを書かせていただくきっかけになったのは、ある時ビーチボールでナックルボールを投げてみた事でした。
     ご存知の通り、ナックルボールは突飛な変化をする球種で、ナックルボールの使い手が「ナックルボーラー」と呼ばれて他の投手から区別されるほど、特殊な球種です。
     ちなみにナックルボールについては、持ち球にしている投手が「自分の投げた球がどう変化するのか、何故変化するのか、知らないし、知りたくもない」と言ったりしていますが、この球種の変化の原理は割と簡単です。
     投手が普通にボールを投げるとボールに回転がかかり、その回転によってボールの軌道が決まると同時に、ボール付近の空調が安定して、ボール自体も安定した軌道を保っています。その中でも、バックスピンのかかっていない球種では、バックスピンによって発生する浮力をうけず、重力と回転にしたがって失速しながら曲がっていきます。
     ところがナックルボールの場合は、意図的に回転を最小限にしているので、回転による影響とは無縁にただ失速していきます。しかしその際、ボールには何の力もかかっていないので「ほんのちょっとした要因」でボールの軌道は劇的に変わります。その「ほんのちょっとした要因」は風であったり、微妙にかかってしまった回転であったり、硬球であれば、ボールの縫い目の向きで、あったりしますが、いずれにしろ、ボールは投手にすら予想できない動きをして打者を欺きます。

     と細かく説明させて頂きましたが、それよりも実際に投げてみる方が良いでしょう。私の経験では、ビーチボールでナックルボールを投げる時、スライダーの項でご紹介したナックルカーヴの様な握りが1番適していました。そして、ボールを投げる、と言うより押し出す感じでリリースしますが、リリースする瞬間に折り曲げていた人差し指を伸ばしてボールを押すと、回転が抑制されたボールを投げる事ができます。
     この方法で投げると、ボールは一定の距離を直線で飛んだ後、何らかの変化をするはずですが、最もよく見られるケースは、急激に落ちるフォークボールの様な変化です。フォークボールも、バックスピンが抑制されているために、重力に逆らえず落ちていく球種ですから、原理はナックルボールと同じと言えるでしょう。ただ、フォークボールの方が、よりボールに回転がかかっているため、起動が安定してコントロールしやすい球種となっています。
     因みに、硬球を使って、ナックルボールを投げる場合は、新品のボールでなければならないそうです。それは、表面に傷のあるボールの場合では、傷の影響でボール付近の空調が決まってしまうために、「ほんのちょっとした要因」に影響されなくなってしまうからだそうです。
     「ナックルボーラー」といえばホイト・ウィルヘルムやニークロ兄弟の様に40代後半まで健在だった投手がいる事を考えると、彼ら超ベテラン選手の相棒であるナックルボールが新品のボールでなければ投げられないと言うのは、皮肉な話ですね。

     偉大なナックルボーラー達の壮観な成績を御覧下さい。

    ホイト・ウィルヘルム
    フィル・ニークロ
    ジョン・ニークロ
    チャーリー・ハフ

    【参考文献】

     「球場へいこう」 ロジャー・エンジェル著
     Newton2003年7月号



     第18回 プロのピッチャーの球を体感しよう 〜その6〜


     皆さんこんにちは、ICHILAUです。9月は暑くなりましたが、いかがお過ごしでしょうか?

     NPBでは、ついに阪神が優勝を決め、MLBでは松井選手のヤンキースが地区優勝を決めるなど、10月が楽しみになるニュースが続いていますね。
     さて、4月から続いてきたピッチングのシリーズも、今回が最終回となります。

    【ジャイロボール】

     前回ご紹介したスライダーが「60年代のボール」、「ぼーる通信」の私の最初の連載でご紹介したスピリットフィンガーファーストボールが「80年代のボール」、グレック・マダックスの持ち球として有名なサークルチェンジが「90年代のボール」と呼ばれていますが、もし「21世紀のボール」を上げるとしたら、このジャイロボールになるのではないでしょうか。

     このジャイロボールは、野球中継などでも殆ど登場していませんので、読者の皆さんにも比較的馴染みの薄い球種だと思いますが、実際に試合を見ていてジャイロボールを目撃した事のある方は多いと思います。
     それは、スライダーの中にジャイロボールと殆ど同じ回転になるボールがあるためで、私自身、ジャイロボールの存在を知った時に「あの時のクレメンスのスライダーがそれだったのだ」と気が付きました。

     ジャイロボールは、回転軸が、ボールの進行方向と並行であるのが特徴です。
     つまり、やり投げの槍や、弾丸と同じ飛び方をしている事になります。
     また私にとっては、アメリカン・フットボールのクォーターバックが投げるパスがジャイロボールと同じ回転をしているので(スパイラルと呼ばれます)、馴染みの深いものでした。

     さて、このジャイロボールは、以前ご紹介した速球の場合と同じく、投げられた時の回転軸と並行なボールの縫い目の数で、4シームと2シームに分けることができます。
     そして、2シームの方が平均して球速が遅く、より落ちる点は速球と同じですが、実はジャイロボールには、ナックルボールの奇妙な変化に匹敵する顕著な特徴があります。
     ジャイロボールは速球よりも「速い」変化球なのです。

     当然ながら、投手がボールを投げるとボールはリリースの瞬間がもっとも速く、以後は進めば進むほど減速し続けるわけですが、速球の場合ではボールが打者に到達する時点で、初速の約10%が失われています。
     それに対して、スパイラル回転をしているジャイロボールはボール付近の空調が良いために、勢いを失わずに進んでいくわけです。

     ジャイロボールの場合、打者に到達する時点で初速から失われている球速は資料によって約1%〜7%と少しばらつきはありますが、ある資料では4シームの場合と限定した上で、打者に到達する時点で初速から失われている球速は1%だけである、との見解を示していました。
     この見解に基づいてシミュレートすると、140km/hの速球が打者に到達する時点では約10%と遅くなり、126km/hになっているのに対し、135km/hの4シームジャイロボールは、打者に到達した時点で依然として134km/h弱の速度を保っている事になります。それに加えてジャイロボールにはバックスピンがかかっていないため、ボールに浮力は働いておらず、速球の軌道とは大分違うスライダーに近い軌道になりますが、それでも打者には球が途中で加速する印象を与えられると思います。
     また、回転軸を僅かに(右投手の場合)右に向けてスパイラルと同時に僅かながらバックスピンのかかったボールを投げると、速球以上に真っ直ぐに近い軌道の球を投げられるそうですが、相当な高等技術のようで、私自身はまだ見た事がありません。

     ジャイロボールを投げる方法についてはいくつか説が出回っていますが、私の見解では、やはりスライダーに近い方法ではないかと思います。
     また、私自身はフットボールをスパイラル回転で投げていた経験がありますので、その応用でジャイロボールに挑戦してみました。フットボールをスパイラル回転で投げるには、リリースの瞬間に手をスパイラルとは逆に回せば良いのですが、硬球の場合はボールが小さい事もあり、フットボールと同じ投げ方をすると余計な回転がかかってしまいますので、リリースの瞬間に親指から力を抜いて手で正面を指すようにしたところ、スパイラル回転のボールを投げることが出来ました。
     因みにビーチボールでジャイロボールを投げるのは簡単で、ボールを押し出しながら手首を激しく捻れば良いのですが、この方法では腕が痛くなりますのでご注意ください。



     第19回 2003シーズンのMLB記録諸々 〜その1〜


     読者の皆さん、こんにちは。いかがお過ごしでしょうか。
     今年はMLB、NPBともに面白いポストシーズンが展開され、皆様も充実した10月を過ごされたことと思います。
     私が応援していた阪神、また松井選手のヤンキース、ともに栄冠を後一歩のところで逃してしまいましたが、連日手に汗握る試合を楽しませてもらいました。
     さて、今回は昨年に続き、今シーズンMLBで達成された快記録のいくつかを拾って、それらを話題にしたいと思います。

    ○前人未踏の快挙

    〈グレック・マダックス〉

     今シーズンのMLBでは、すでに殿堂入りが確実と思われる2人の名選手が前人未到の大記録を達成しました。

     グレック・マダックスが昨年、サイ・ヤングに並ぶ15年連続15勝を達成した事は昨年の当マガジンの「MLB記録諸々」でもトップで取り上げさせていただきましたが、マダックスは今年も、開幕直後こそ絶不調に陥ったものの、調子を取り戻すと例年通り勝ちを重ね、見事、前人未到の16年連続15勝を達成しました。
     また、マダックスは1990年に15勝15敗で終わって以降、すべてのシーズンで勝ち越しています。規定投球回数をクリヤーしながら連続で勝ち越した記録については、オフィシャルな数字を見つけられなかったので私自身が出来るだけ多くの投手の生涯記録を調べた結果、殿堂入り投手のボブ・ギブソンとマダックスの13年連続が、見つかった中では最も長い記録でした。
     これらの記録がどの位凄い記録であるかは、現役の主だった投手と比較することでわかります。唯一マダックスの記録に近いのは長年の盟友トム・グラヴィンの12年連続勝ち越し(惜しくも今年途切れましたが)ですが、彼の連続15勝以上の最長は3年(二回)です。またそれ以外の投手では、今シーズン引退予定のロジャー・クレメンスが15勝以上・勝ち越しともに7年連続が最長であり、ランディー・ジョンソンは6年連続15勝・6年連続勝ち越しが最長で、それ以外には比較できる投手はいないくらいですから、マダックスの持続力は正に驚異的です。果たして、来年もこの偉大なペースを維持して300勝に到達するのかどうか、大いに注目です。

    〈バリー・ボンズ〉

     過去2年、驚異的な単年記録をいくつも達成したバリー・ボンズは今年、偉大な通算記録を達成しました。

     ボンズは今シーズン、7回盗塁を試みてすべて成功させましたが、その7つ目の盗塁で、ボンズは500盗塁に到達した事になります。2003年シーズン終了現在、500本塁打以上は19名、500盗塁以上は36名いますが、言うまでもなく、両方達成したのはボンズただ一人です。300本塁打、300盗塁をクリヤーしている選手ですら、今年亡くなったバリーの父ボビー・ボンズ、バリーの名付け親のウィリー・メイズ、アンドレ・ドウソンの3人に過ぎません。また現役選手のなかで近いうちに300本塁打・300盗塁を達成する可能性があるのは、リッキー・ヘンダーソンただ1人です。
     正に無人の野を行くバリー・ボンズですが、今シーズンは病床に臥していた父ボビーの看病を続けながらのシーズンを送り、さらに父と死別する辛いシーズンとなりながら、もう1つ偉大な記録を作りました。
     1957年にテッド・ウィリアムスとミッキー・マントルの二人が記録して以降、誰も達成できなかった出塁率5割を、ボンズは2001年に達成しましたが、さらにボンズは、去年、今年と連続して出塁率5割をクリアーして、史上初の3年連続出塁率5割を達成したのです。

     しかし、ジャイアンツがワールドシリーズ優勝の本命視された今年も、ボンズはチャンピオンリングを手にする事ができませんでした。もはや完全無欠とも言える個人成績を誇るボンズですが、彼にとっての最高の目標には未だ届きません。はたして、来年には40歳となるボンズがチャンピオンリングを手にする日は来るのでしょうか。

    〈無捕殺三重殺〉

     さて、偉大な記録という意味ではマダックス、ボンズに続くのはロジャー・クレメンスの通算300勝ですが、このトピックは次回に譲り、今回の最後にはブレーブスの遊撃手ラファエル・ファーカルが達成した珍記録をご紹介します。

     8月10日のセントルイスでのカーディナルス戦でファーカルは、MLB史上13回目の「無捕殺三重殺」を記録しました。この「無捕殺三重殺」は当マガジンで過去に取り上げさせていただいた事があるので、私にとって非常に印象深い記録です。

     いかがでしたでしょうか。
     次回も「MLB記録諸々」をお届けしたいと思います。



     第20回 2003シーズンのMLB記録諸々 〜その2〜


     皆さん如何お過ごしでしょうか。

     例年ならストーブリーグの話題が主となる11月ですが、今年は野球日本代表が五輪予選をやすやすと突破したうれしいニュースがありました。アテネでの活躍も大いに楽しみです。
     さて今回も「MLB記録諸々」をお届けしたいと思います。

    * ロケットの集大成

     今回は、前回少し触れたロジャー・クレメンスの通算300勝達成の話題からです。

     今年で41歳となるクレメンスは、6月13日のカーディナルス戦で今シーズンの7勝目を上げ、通算300勝に到達しました。1990年のノーラン・ライアン以来、史上21人目の300勝到達です。
     もちろん、史上最高の記録であるサイ・ヤングの511勝には遥かに及びませんが、2002年シーズンの「MLB記録諸々」で説明させていただいた通り、現代の先発投手が過去の記録に挑戦するのは非常に困難であるため、クレメンスの記録の価値は非常に高いものです。

     また、クレメンスは300勝を達成した試合で通算4000奪三振も達成しました。
     ノーラン・ライアン、スティーヴ・カールトンに次ぐ史上3人目の記録ですが、意外な事にクレメンスは年間300奪三振を記録した事がありません。
     ライアンもカールトンも年間300奪三振の経験はありますし、ランディ・ジョンソンにいたっては5年連続を含めて6回も年間300奪三振を記録している事を考えれば、あのクレメンスに年間300奪三振の経験がないのは意外ですが、逆に言えば、クレメンスが超一流の投手として如何に長い間活躍していたかを表していると思います。
     41歳を迎えてもなお、ハードなトレーニングによって素晴らしいレベルを維持して、打者に対して一歩も引かない堂々たるピッチングで211回2/3を投げて17勝をあげたクレメンスですが、「パワーピッチャーとしてデビューしたのだから、パワーピッチャーのまま引退したい」との理由でかねてからの宣言通りに引退をしました。
     が、おそらくクレメンス本人以外には、だれも彼の引退に納得する人はいないでしょう。来年の五輪への参加の噂もありましたが、米国が予選で敗退した事でこの話も消滅です。6万人以上のマーリンズのファンと、マーリンズのメンバーに見送られて去っていったワールドシリーズの登板が本当に最後となりそうです。私にはクレメンスが疲れている様には見えませんが、「お疲れ様」と言わせていただきます。

    ※編集部註(2007.8.22.)

     その後ロジャー・クレメンスは2004シーズンにヒューストン・アストロズで現役復帰し、ヤンキースファンから多大なブーイングを浴びた。
     ロジャー・クレメンスはその後もたびたび引退発言を繰り返しているが、その理由は、2006年に開催された第1回の野球版ワールドカップ、ワールド・ベースボール・クラシックに出場し、アメリカ代表の世界一のタイトルを手に入れることに執念を燃やしていたからであった。
     しかしながらアメリカ代表は優勝どころか準決勝にも残れずに予選敗退したため、クレメンスは引退するに引退できず、2007年現在もニューヨーク・ヤンキースにて現役生活を続けており、45歳にして352勝を記録している。
     生ける伝説、ロジャー・クレメンスの引退は、いつになるのか誰もわからない。なお彼は、2007シーズンもパワーピッチャーとしての健在ぶりを見せつけている。

    * クローザーの快挙

     今シーズンのナショナルリーグのサイ・ヤング賞は、エリック・ガーニエがリリーフ投手として両リーグを通じて11年振りとなる受賞を果たしました。ガーニエは、今シーズン55回のセーヴ機会で1度もミスを犯さず、昨年から継続する連続セーヴ記録は、実に63試合に達しています。
    (注: 日米では「連続セーヴ」の解釈が違います。米ではセーヴ機会の中のセーヴ成功が対象になりますが、日本では登板試合の中のセーヴ成功が対象になります。したがって昨年小林雅英投手は登板33試合連続セーヴ成功でしたが、ガーニエにはセーヴ機会以外の登板もあります)

     またガーニエは、昨シーズンの52セーヴに続いて今シーズンは55セーヴを記録しましたが、意外な事に2度50セーヴ以上を記録した投手は、ガーニエが最初です。リヴェラやホフマン、パーシヴァルなど当代きってのクローザーはもちろん、エカーズリーやリー・スミスといった歴史的なクローザーでも50セーヴ以上二回は未踏の記録でした。
     因みにガーニエは、2001年には先発として6勝7敗、防御率4.75と言う平凡な成績を残していましたが、クローザーとなったここ2年は164回2/3を投げて防御率1.59という見事な成績をあげています。

    * 日本人選手初登場

     私の考え方では、「日本人の最高」あるいは「日本人初」という記録では、「MLB記録諸々」の対象にはなりませんが、イチローの記録した新人からの3年連続200本安打はロイド・リトルポイズン・ウェナーに並ぶ正真正銘のMLBタイ記録です(他に兵役を挟んで新人から3シーズン連続200安打を記録したジョニー・ペスキーがいます)。
     因みに日本人選手が作った「日本人の記録」以外の記録で思いつくのは野茂の両リーグでのノーヒッターですが、こちらはタイ記録です(またマイナーな記録としては、0勝のまま45セーヴをあげた佐々木の記録がありますが、今年スモルツに並ばれました)。
     イチローが、来年正真正銘のMLB記録を達成するかどうか非常に楽しみです。

    * ボンズ再び

     前回もボンズについて取り上げましたが、その後ナショナルリーグのMVPに選ばれた事が発表されました。
     これで3年連続6回目の受賞ですが、3年連続は当然史上初であるだけではなく、ボンズ以外のMVP最多受賞記録はマイク・シュミット等の3回ですから、ボンズはMVP受賞回数で2位にダブルスコアの差をつけたと同時に、わずか3年で、他の選手が到達した最高点に到達した事になります。
     ハンク・アーロンの本塁打記録まで後97本に迫っているボンズですが、彼の悲願はあくまでもワールドチャンピオンです。ほぼ完全無欠な選手が、唯一欠けているものを手に入れ、完全無欠な選手となる日は来るのでしょうか。

     さて次回は、比較的注目されない記録を取り上げる予定です。


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過去の連載

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