就是愛棒球〜Gotta Love Baseball〜 by 高原成龍
第16回 アジアシリーズ・ドタバタ事件簿(その1)
ぼーる通信史上初ではないかと思います。国内のプロ野球関連行事に、プレスパスをもらって取材へ赴くのは。
読者の皆様、ついにやりました!!!
ぼーる通信もここまで成長致しました!
企業の皆さん、広告費ばんばん出して下さい!!!
・・・といっても泥臭い地味〜な雑用ばかりやってました。
台湾との最大の違いは、ありとあらゆる面で勝手が全然違うこと。取材陣や関係者の重圧も半端なものではないこと。そういったところから、多くのことを学ばせていただきました。面白いもので、上を目指そうとすると自分の力量の無さ、器の小ささを痛感することになりますね。
今回は、そういったことを中心に皆様に「事件簿」として報告させていただきたいと思います。連載中の高校野球ネタが中断しておりますが、あしからずご了承下さい。
1.会見はもう始まっているんだ〜!
私が宿舎のホテル入りしたのは11月8日の夕刻で、18:00に予定されている各チームの監督の会見直前。しかも会見は宿舎の近所のホテル。息をきらしながら駆け付けた会見会場。ほとんどスーツにネクタイ。カジュアルはほぼ皆無。私は言い様のないバツの悪さを感じながら、その場に留まっていました。
周りを見渡せば、台湾でお世話になった方々がいらしたので、ひとまず挨拶回り。今回台湾代表で来日した興農ブルズ(台湾では「興農牛」と表記します)の広報担当者、劉榮華監督とも笑顔で挨拶をすませてきました。9月、10月と訪問した際、顔見知りになったブルズの選手や関係者には、
「11月、日本で会おうや!!!」
といって気合いを入れてきたので、その甲斐がありました。
会見が始まって、うまいこと会見場へ入場成功したものの、すぐに電話が鳴って「台湾から来た記者たちの通訳やってね〜」という依頼。すぐに対応致しましたが、壇上の上のお席の方々は、こちらのスピードに合わせてお話を進めてくれません。これが後々、大きな災いを生むことになるとは、まだ思ってもいませんでした。
2.パーティじゃ〜!
会見終了後、すぐに参加全選手やその関係者や来賓が多く集まって別会場でパーティが開かれました。私は、罰が悪いのでホテルのWCで速攻生着替え。フォーマル持ってきて良かったとです。
状況を見ながら、選手が待機している場所へ行き、顔見知りのブルズの選手へ挨拶。そのそばでは、いつもTVの向こう側かネットの向こう側にいるロッテの選手も待機していて、ドキドキでした。
その中で際立ってお洒落だったのが、チャイナスターズの面々。各チーム全員ビシッとスーツで決めてきているのに対し、選手全員ジャージ姿!メディアの一部から「あいつらはフォーマルの場での振る舞い方を知らない」と失笑を買っていました。私もその内の一人です。
台湾の記者たちを連れて、いざ出陣!・・・と思ったら、スタッフから非情の一言。
「プレスの方は、こちらからお入り下さい」
と案内されたのは、迷路のような通路を通った向こう側にあった別の狭いドア。入ってみたら、華やかなパーティー会場が柵の向こう側にあり、私はそのこちら側。広々としたパーティ会場とは対象的に狭いプレス用の待機席。柵の前で思わずパントマイムをやってしまいました。誰も見ていませんでしたが。
その後しばらくして「ふざけるな〜」と思ったのが、資料の配布。数時間前に決まった各チームの登録メンバーの資料をスタッフが配っていたのですが、もらおうとした私への一言。
「どこのメディアですか?」
私もすぐ、
「台湾のメディアのサポートとして来てます。彼等にその資料を渡すためです。駄目ですか?」
と返しましたが、
「資料の数が限られてますから、今は一社につき一部です。後で持ってきます。」
と一蹴。
日本のメディアに対しても同様の返事をしてました。その後資料は出てきませんでした。
色々事情があるのでしょうが、この方はどうも上から言われた通りバカ正直にしか動けんらしいです。言いたかないですが、「差別しとりゃせんか?コイツ!」とも思ったりしました。
きっと偏差値高くていい大学出てるのでしょうけど、やってることは下働き。何でもいいから上から下へ人を見下ろしたかったのでしょうかね?
人間ああはなりたくないものです。その場に機転の利かないアホな自分自身に、また立腹です。
そのあと、各チームの監督、選手の代表者のインタビューの後、フォトセッション。やっと柵を乗り越え、広い広〜いパーティ会場へ。その開放感は、映画「セーラー服と機関銃」で、マシンガンぶっ放した後の薬師丸ひろ子よろしく「か〜い〜、かん!(エヘッ)」でした!
いつか絶っっっっっっっ対、あの柵越えた向こう側にいてやるからな!!!!!!
見てろよ〜!
第17回 北海道日本ハムファイターズの新入団選手記者発表会
はじめに
また、また、また、中断です。スンマセン!
今月14日に札幌市内で行われた北海道日本ハムファイターズの新入団選手記者発表会に、日本ハム球団のご好意で入れていただくことができました。
今回は、その様子をここでご報告させていただきたいと思います。
祝 新入団選手発表会参加
読者ならびに執筆者の皆様、またまたやりました〜!!!!副編集長として、責任果たしております!!!
企業の皆さん!ぼーる通信は着実に成長しています。今度こそ、広告バンバン出してやって下さい!ギャラの捻出フォー(お前はハードゲイか!)!
アジアシリーズに続き、今回は北海道日本ハムファイターズの新入団選手記者発表会に、球団の方のご好意で入れていただくことができました。
まずは、この場を借りて私を会場へ入れていただいた、株式会社北海道日本ハムファイターズ広報部の鳥居雅俊様と荒井修光様にお礼申し上げます。
本当に、ありがとうございました。そのときの様子は、台湾のメディアで紹介していただきましたし、写真も掲載されました。
お目当ては、高校生ドラフト1巡目指名の福岡第一高校の陽仲壽。10月3日の高校生ドラフト会議で、つまらない運行上の手違いでソフトバンクでの兄・陽耀勲と共にプレーする夢が砂の城のようにもろくも壊れてしまい、涙に暮れた悲劇のヒーローとして有名なあの選手です。
私が陽と初めて会ったのは、そんなドラフトがあった約10日後のことでした。そのときは、「台北市内で会見を行う」ということで会場で待っていたら、福岡第一高校の平松監督と共に現れました。そのときの陽は、やはりぎこちなく表情もかたかったように見えました。少なからずショックもあったようです。
まずは、ソフトバンクへ入団した兄・陽耀勲と会見に臨み、会見後に迎えにきていた家族と対面。表情が徐々に穏やかになっていたのを今でもよく覚えています。不安や緊張から一気に解放された感じでした。
それから2か月。陽は日本ハムの施設を見学。球団の方々の地道な交渉も実り、11月9日に台北での仮契約を経て、12月14日の発表会へとなりました。
当日は、両親、平松監督、台湾時代の恩師に見守られて、「24 YOU」と高橋由伸と同じ背番号と、自分の名字「陽」の日本語読みのアルファベッドが背中に並んだ真新しく北海道に降り積もった雪のような白さが際立つファイターズのホーム用ユニホームに袖を通して会見に望みました。陽の両親は、移動に移動を重ねて初めての北海道入り。疲労だけでなく、台湾では想像できない寒さで、きっとしんどかったことでしょう。
会見中、陽はずっと日本語で通しました。
しかし、これも日本語理解力が完全ではない陽に配慮して、通訳介して北京語で行おうかと迷っていましたが、結局日本語で最後まで通すことになりました。日本で成功するには、日本語は不可欠ですからね!
緊張もあり、不馴れな部分があってうまくしゃべれなかったようですが、ひとまず会見はしのぎきりました。
囲み取材の後、現場にいた記者達で陽のコメントを整理していて、はっきりしていない部分の確認作業をしていました。そこで問題になったのが、「自分のことをファンに何て呼ばれたいか?」と聞かれたときの返答。某スポーツ紙のサイトでは、「アッシュ」となっていますが、実際その場にいた記者達は聞き取れず大混乱。私が「阿壽(アーショウ)」と言っていると教えましたが、人の耳は自分の耳に非ず。その記者には「アッシュ」と聞こえたようです(もしかしたら「どこのどいつか分からん奴[つまり私]のいうことなど聞けるか!」という感情もあるかもしれませんが)。
本人に確認したところ「阿秀(アーシゥ。優秀、秀でている、という意味。発音は微妙に違う)」と書いてくれました。同席した台湾時代の恩師のお話では、「阿痩(アーショウ)」というヤセでノッポという意味もあるとのこと。本人にはちょっと悪かったのですが、総合的に判断して「阿壽」が適切だと思い、周りの記者たちに教えておきました。これは、過去2回の台湾総統選挙で現総統・陳水扁が自分の愛称として用いた「阿扁(アーピエン。日本語訳「扁ちゃん」)」という表現からも分かるように、よく使われる表現です。「阿壽」なら、「壽ちゃん」といったところです。
ね、違和感ないでしょ?
会見終了後は、フォトセッションと個別の囲み会見。あと、選手と家族との記念撮影も行われていました。なお、写真はオフィシャルのカメラマンが最優先になっています。私の場合、どちらかというと陽家の記念撮影モードでの撮影、という感じでした。わざわざ札幌まで来た陽の両親に、喜んでもらいたいと思っていたからです。
囲みの取材は、陽本人だけでなく陽の両親もありました。私との雑談中にいきなり囲まれて取材がスタート。私は遠巻きで見ていましたが、陽の両親同様、びっくりしました。
全体を見渡すと、会見は初々しさがあっていいですね。場数を踏んできた社会人出身の選手でさえ、しゃべっている途中で言葉が抜けて出てこなくなることがあるのは驚きました。
そんな中で臆することなく、記者たちにウケて好評だったのが、高校生ドラフト3巡目の木下達生(東邦高)。一部再現すると、こんな感じです。
問:将来どんなタイトルをとりたいですか?
答:流行語大賞を取りたいです。
問:一年目、もしくは今後の目標は?
答:TVゲームをよくやるので、ゲームの表紙になりたいです。
問:ファンに何て呼ばれたいですか?
答:藤吉郎(「木下藤吉郎」は、豊臣秀吉の幼少期の名前)と呼ばれたいです。
いかがでしょうか?面白いでしょ?私は、笑いをこらえるのに必死でした。
その一方で気になったのが、希望枠で入団した八木智哉(創価大)。紹介され、壇上に上がった彼は、落ち着きがなくキョロキョロしたり、隣にいた大学生・社会人ドラフト3巡目の川島慶三(九州国際大)にちょっかいを出したり、しゃべりかけていました。
ほかの選手たちはそんな様子はなく、きちっとしていましたが、子供のレベルなら確実に監督やコーチからすぐに叱られるはずです。それがプロの世界への第一歩を記すべく場で、しかも球団社長やGMの真後ろで、そのようなことをしていたのです。正直、見ていて驚きましたし、自分の目を疑いました。また、八木はただでさえ「希望枠」で注目され、際立つ存在だけに、余計目立っていました。
限られたメディアしか見ていませんが、おそらくこれを取り上げているのは皆無でしょう。聞けば、普段集中力や落ち着きがない人間は、いざ試合という場で力を発揮することは、まず無い(というより、「ありえない」)そうです。
八木は、2005年シーズンに入って力を発揮するようになり、秋の神宮大会の関東5連盟代表決定戦では、白鴎大相手に完全試合を達成したほどです。評価はうなぎ上りで、「来年の開幕ローテも任せられる」とまで言われていますが、私は会見で八木の姿を見て正直不安です。
八木は、一時的にはいいかもしれませんが、それが持続するかどうかが、今後の観戦ポイントになると思います。プロで本当の意味で成功するには、「いい状態を如何に持続できるか」だと思いますが、それができなくて脱落していった選手は、星の数ほどいます。八木の場合は、どうなるでしょうか?
八木は、左の先発に乏しい日本ハムにとっては貴重な即戦力投手です。絶好調の今だからこそ、足下をしっかり見直して2月1日からのキャンプに入ってほしいと願っています。
最後に、もう一度陽仲壽。彼は兄・陽耀勲と共に、台湾でWBC台湾代表候補60名による合宿に参加しました。台湾の報道によれば、守備に関してはWBC台湾代表の林華韋監督には高い評価をもらっているようです。その反面で、打撃は8月から木製バットでの練習を始めたため、まだ慣れていないらしく悪戦苦闘中のようです。
WBCの台湾代表は、練習試合を経て1月中旬ごろ発表予定です。
周囲のお話を総括すると、今の陽の力量では代表の30名の中に入っていくのは「かなり厳しい」とのこと。それでも、「陽仲壽」の名前が代表に入って、3月4日の日本戦で台湾代表のユニホーム姿でプレーする陽の姿が見られることを祈るばかりです。
第18回 WBC台湾(チャイニーズ・タイペイ)代表展望
3月3〜5日に東京ドームで開催されるWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)。私が「ぼーる通信」を代表して(ほかの執筆者の方、スミマセン!)、取材用IDを現在申請しております。どうなるか分かりませんが、IDが無事下りた場合は、そのときの様子をレポートしたいと思っております。
1月22〜29日という台湾では春節(旧暦の1月1日)の、チョ〜多忙な時期に押し掛けていきました。関係者のみなさん、お忙しい中お相手していただいて本当にありがとうございました。そして、ごめんなさい!
今回は、そこで聞いてきたお話等を基に色々語っていきたいと思います。
WBCの台湾代表は、16日に30名が発表されました。現時点でのベストメンバーではありますが、心配事が全くないわけではありません。
1.出場辞退の可能性
昨年大飛躍を遂げたヤンキースの王建民。松井秀喜がそうであったように、各国代表にエントリーされたヤンキースのチームメイト全てに言えることです。聞いた話では、ヤンキースは選手全員にWBCの出場辞退を促す文書を送付したとのこと。
王は、文句なしで今の台湾代表のエース。韓国戦か日本戦に絶対必要な投手で、彼抜きでアジアラウンドを勝ち抜くのは至難の業。しかしながら、そういう事情なので台湾の野球ファン及び関係者たちは「出場辞退」と決めつけています。おそらく、そういう方向でいきそうです。
なお、クローザーとして期待されているドジャースの郭泓志は、球団、本人共合意が取れたとのこと。彼の場合、(まずないと思うが)不測の事態によるドタキャンだけが心配です。
2.ケガ人
本当に厄介なのが、コレ。主力級の選手にケガ人が多いだけに、林華韋監督も頭が痛いようです。
まずは、4番有力の陳金鋒。ドジャースを退団し、昨年末のドラフト会議でLa newベアーズの指名を受け、そのまま入団。破格の条件で契約をして話題になっていますが、故障があって最近練習を始めたばかりらしく、間に合うかどうかが一抹の不安が残るところです。
次に、看板スター選手の彭政閔。昨年8月下旬の試合で自身のふがいなさに怒り、ベンチの電気ボックスを殴って右手を骨折!
残念!
無情!
処置が悪かったせいか、未だ完全回復せず。1月上旬の代表候補の合宿では、打撃練習でボールがバットに当たった時にケガの部位に痛みが走る、という感じだったらしいです。
本人は、最近の新聞の取材で「出場は五分五分」と話していたようですが、関係者の話では「しっかり治っていないので、出場辞退になるだろう」ということでした。
彼等二人以外にも、慢性的な故障持ちの選手も多く現在のオーストラリア合宿や、その後の国内合宿で、本格的なケガ人が出ないことを祈るのみです。
3.故に
ケガ人が出れば、自ずとやりくりに困るスタメン。前記二人の4番候補が出場困難な場合、阪神の林威助が4番を任されることになりそうです。しかし、彼も実力は評価されながらも、阪神ではまだまだこれからの選手。
さらに代表には、ルーキーの陽仲壽の名前も。日本ハムでも代表でも現時点では、主力としての期待は少なめですが、守備での評価が抜群に高いので選出となりました。潜在能力の高さは、ほかの選手たちも認めていますが、まだ木製バットに慣れていないバッティングが課題になっています。
そうすると今度は、「得点力が低下せえへんか?」ということになります。これは、今の台湾代表の本当の課題になり、討論会の議題にもなったほどでした。これをどう解決していくのか?王監督やホワイトソックスのギーエン監督が掲げている(と思ったが)スモールベースボールで解決していくのでしょうか?
WBC台湾代表は、2月24、25日に国内プロ野球チームとの練習試合、28日は千葉ロッテマリーンズと東京ドームで練習試合となっています。海外組の選手は、27日に来日するチームと東京で合流することになっています。
昨夏発覚した八百長事件とアジアシリーズでのブルズの無惨敗(私が勝手に作った造語)!で、ファン離れがまたさらに加速した台湾プロ野球を、代表はどこまで立て直してくれるでしょうか?台湾プロ野球が開幕する3月18日まで、WBCで試合できてるでしょうか?そこにも、注目です。
第19回 WBCのときのおはなし
3月に日本の優勝で幕を閉じた「WBC」ことワールド・ベースボール・クラシック。各球場持ち回りでティファニー製ン百万円相当といわれているトロフィーが展示されていました(今後、野球体育博物館でも展示予定があるとか)が、このトロフィーを見に行った方は、どのくらいいらっしゃいますか?
それは、置いといて。
私は、1月から色々動いていましたが、プレスパスが理不尽な足切りに遭ってしまったので(それで迷惑を被った人は世界中で多くいる)、その結果ウチの編集長を豪快に振り回す羽目になりました。編集長、そして他の執筆者のみんな、スマン!
でも、この教訓は、2009年開催予定のWBCに生かしていきます!!!!その第一弾を、今夏実行します(予定)!
大学入試のような足切りに遭っても、簡単にはくじけません!「ぼーる通信」は、永久に不滅です(どっかで聞いた事あるな)!
それでも、ただでは転ばぬ「歩く雑草魂」のワシ。プレスパスが無くても、ゴキブリのようにしつこく食い下がり、こんな事をやってました。
まず、WBCアジアラウンドでは、東京ドーム場内で放映された台湾代表のVTRの製作を急遽サポートさせていただくことになりました。映像製作に携わった皆さんだけでなく、不特定多数の関わった方々に恥をかかせぬよう、辞退者続出で大混乱の台湾代表の情報提供をやらせていただいたのでした。
台湾野球ファンの皆さん、ならびに阪神・林威助ファンの皆さん、喜んで頂けましたでしょうか?
また、こんな私にお声をかけて下さった映像製作会社の担当の方、私をその映像製作会社に紹介して下さった台湾プロ野球応援サイトの先輩管理人様、本当にありがとうございました!この場を借りてお礼申し上げます。
そして、その情報提供の一環で訪れたのが、2月24、25日(23日も急遽開催)に高雄で開催された台湾代表の壮行試合。この試合、本来なら林華韋監督の意向で非公開試合で、特に外人(ライバルの韓国人&日本人)は出入り絶対厳禁だったのですが、私は「撮影およびグラウンド侵入禁止」の条件でどうにか中へ入れてもらい、試合を見ることができました。
棒球協会の担当者に感謝!です。
やっぱり、というか残念だったのは、入れてもらっても、そこでの私の扱いは「スパイ!」。向こうの顔見知りの記者からそう呼ばれて大変でした。
そして案の定、私に対してエラソーな物言いをしてきた記者(注:台湾の野球ファンの間での評判は芳しくない)がいたので、アントニオ猪木顔負けの「燃える闘魂」剥き出しで「オレが見ようが見まいが結果は一緒ぢゃ!スパイしてまで見る価値がある試合か!」とすごんで、黙らせてやりました。
そんな仰々しい雰囲気の中ではじまった割にはその壮行試合、「非公開にしてやる意味と意義は、どこにあったの?その事を選手達はどう認識していたの?」です。観戦しながら、頭を抱えました。
詳しいことは割愛させていただきますが、日本代表と比べれば、その取り組み方に差があったのは明らかで、そのことがもろに成績に反映された格好になってしまいました。
その数日後。高雄のときの縁もあってか、今度は東京ドームのスタンドにて、エラソーな物言いをした記者が在籍するTV局のインタビューに登場!そして彼等が王監督の取材で拾ったコメントの通訳を少々。
また、TVでは台湾vs韓国の所感を述べ、台湾VS日本のポイントをお話しました(知りたい人はリクエストしてね)。ここでは一般的なお話をしましたが、実際に台湾で見た人はどう感じてるんだろうか?きっと、あの日本人はバカだの、アホだの言ってんだろうなあ・・・
恐いわぁ〜、おばちゃん、ホンマに恐いわぁ・・・
・・・と、こんな感じで、WBCはやってきました。
今後は私だけでなく、「ぼーる通信」および「就是愛棒球」も本格的飛躍を遂げ、大きな第一歩を記せるよう、頑張っていきます。
声援、支持をよろしくお願いします(まるで選挙演説みたいやな・・・)。